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「こんにちは伊那谷」は1回3分の映像シリーズです。伊那谷各地の残したい風景、伝えたい言葉、小さなお祭りや職人さんなど、ふるさとのいまを伝えます。上伊那、下伊那を巡る「小さな旅」をお楽しみ下さい。


伊那市

伊東伝兵衛が築いた江戸時代の農業用水

里山を訪ねて 2015年7月23日放送

伝兵衛井は今も多くの田園地帯を潤す
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伊東伝兵衛は私財を投じ、地域の人々を人足として雇い、幾つもの難工事を乗り越えた。


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伝兵衛井 データ

竣工:天保3年(1832年)
難工事:先人が幾度も挑み挫折した難所「鞠が鼻」(2㌔弱)の
    工事に成功。
工事費:鞠が鼻部分だけで私費680両を投じた。
見どころ:井筋が潤す田園地帯と山岳風景

伊東伝兵衛は享和元年(1801年)に旧長谷村杉島に生まれ、水利事業に大きな功績を残し文久二年(1861年)に62歳で没した農民です。背景には、江戸時代中期以降に伊那谷を襲った災害と凶作があります。洪水を被らない安定した段丘上の新田開発に、心血を注いで尽力しました。

伝兵衛井 ミニスライドショー

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ゴミなど流さず水を大切に

伝兵衛の子孫 伊東嘉文さん

伝兵衛は、田んぼの少ない山奥に生まれたから、少しでも稲をつくろうと思ったんじゃないですかね。今の皆さんも、水はどこからでも流れて来ると思っているかもしれませんが、水路を引くことは大変なことだったんだと考えて、大事にきれいにゴミなどを流さず大切に使っていってほしいと思います。



周辺地図 「伝兵衛井」 伊那市富県周辺

伝兵衛五井

 三峰川流域では幾度も井筋の掘削が試みられ、幾筋もの用水路が造られてきた。伊東伝兵衛が手がけた井 筋の中で、代表的な 5 つ(鞠が鼻井筋(春富大井筋・伝兵衛井)、大島二番井(六道二番井)、小原井筋 (太田井、勝間下井)、お鷹岩井筋(黒河内新井筋)、上伊那井筋(伝兵衛堰 / 辰野町))は総称して伝兵 衛五井と呼ばれる。伝兵衛五井以外では、伊那市長谷の黒川の上流から引かれた和泉原井筋、美和ダムの 残存営農対策で黒川から引かれた美和一貫水路、山室川から引かれた月蔵井筋、藤沢川から引かれた六道 原一番井などがある。これらは、復旧・再建工事など、多くの人々の努力による維持管理や改良を重ねて現 在にいたっている。 鞠が鼻井筋と水路改修記念碑 隧道記念碑 六道原一番井 大島二番井 (六道二番井) 和泉原井筋 小原井筋 (太田井、  勝間下井) 鞠が鼻井筋 (春富大井筋、  伝兵衛井) 美和一貫水路 月蔵井筋 六道の堤 お鷹岩井筋 (黒河内新井筋) 勝間上井 三峰川 美 和 ダ ム 美和ダム 高遠ダム 伊東の集落

『伊那谷遺産プロジェクト』HPより抜粋


アクセス 中央道伊那IC

中央道i伊那IC下車、国道361号線で高遠町方面へ。三峰川橋を渡って直進、新山入口で富県方面へ右折、高台に上ると道沿いに伝兵衛井が通る。